作品

作品名 都会の中の孤島
発表年月日 1953/3/1
ジャンル 純文学・文芸一般
内容・備考  軽い恋のさや当てのつもりが、ついには殺人事件へと至るミステリー短篇。
 事件が起こるのが終盤であるせいか、これまでミステリーには分類されてこなかったが、最後の段落区切り「★」印の手前で、少しページを閉じて、犯人を推理してみてほしい。容疑者らしき人物はわずか数名なので、犯人捜しは簡単かと思いきや……。
 前フリで「アナタハンの女王事件」のことが象徴的に語られる。マリアナ諸島の孤島で、島にたった1人の女性をめぐって32人の日本兵たちが殺し合いをした、おぞましい事件。
 いわば、これから起こる事件の核心部を前フリで語ったわけで、本作では飲み屋の女中ミヤ子が女王であり、グズ弁と右平(ウヘイ)、中井の3人が孤島のおもな住人だ。
 前フリの効果はてきめん、なんでもない日常でも、常に何かが起こりそうな不穏な空気が漂っている。物語はずっとグズ弁の視点で進む。グズ弁の観察や推理、神経や感情のふるえを、心理主義小説の手法で描写していく。
 作中、ドストエフスキーの「罪と罰」や「悪霊」の主人公名が引き合いに出されるとおり、殺すか殺されるかという極限状況が刻々と迫り、穴に落ちまいと用心する自衛本能が、やがて墓穴を掘ることになる。
 偶発的なようで、複雑に張りめぐらされた人間関係の闇がかいまみえ、女の怖さ、というより女に惚れることの怖さがひしひしと迫ってくる。
「誰が誰を殺したってかまうこたアありゃしないよ」とうそぶく女王ミヤ子。どうせ誰かが死刑になるんだから、冤罪かどうかなんてどうでもいい、とバッサリ切り捨てて顧みない。その徹底したニヒリズム。
 安吾が昔、カラミ酒で泣きだした作家の話をする際、その時々で泣いたほう泣かしたほうが逆になっていたが、「オヤ、一方が一方を泣かしたので、同じではないか。違うなんておかしいや」と悪びれずに語った、そんなエピソードを不謹慎にも思い出した。
 あまりに道義にモトる結末だけれど、アナタハンならしょうがないか、ま、こんなもんかもな、と思えてしまう。思えてしまうところが何とも恐ろしい、そんな小説である。
                      (七北数人)
掲載書誌名
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