作品

作品名 飛騨・高山の抹殺〔安吾の新日本地理7〕
発表年月日 1951/9/1
ジャンル ルポ・観戦記 歴史
内容・備考  大胆奔放に古代史書き換えをせまった歴史推理エッセイ。
 飛騨に古代王朝があり、その歴史を天皇家が抹殺しつづけてきた、と安吾はいう。この方面の先行回「飛鳥の幻」が、非常に衝撃的かつ優れた論理性をそなえていたのに対し、この回の文章は論理より直観で押す傾向が強く、飛躍が多い。
 天皇家が作った歴史のウラを読もうとする姿勢は大切だが、天智天皇以前の記紀の記述はすべて、実は飛騨で起こった事とするのなら、もっと証拠が必要だろう。白川郷をかかえる山深い辺境で、国権を争う戦乱が幾度も起こったとは想像しにくい。
 両面宿儺(スクナ)という怪物を解読するために、神話や伝説に登場する兄弟や双子などの話をすべて同一の事跡の変奏とし、さらには兄弟は1人の人間だったとするのも、絶対ありえない話ではないが、説得材料がほしいところだ。しかし、「証拠」を提示すればするほど、話は怪しくなるかもしれない。『ムー』などのオカルト雑誌でよく話題になる、日本・ユダヤ同祖論とか超古代文明の話などと共通するニオイがある。
 安吾自身、文壇デビュー作「風博士」の中で「源義経=ジンギスカン」説などの、当時から流行していたトンデモ本の話題をもちだして、それを笑いのタネにしたように、ここでも軽やかに笑ってしまえればよかったのだが……。
 安吾は悲しいほどに、大マジメなのだ。「飛鳥の幻」を絶讃した大井広介も、これだけは納得しがたい旨、ハガキで書き送ったが、安吾からはバカな歴史家を信用するのはバカの仲間だと決めつけられてしまう。全集第16巻に収められた大井の手紙を読めば、読者の大半が疑問に思う点を、身近の友が同時代で正確に指摘してくれていたことがわかる。
 どうしてこんなところに落ち込んでしまったのだろう。大胆な発言ほど、緻密な証明過程を踏んで論理固めをするのが常だった安吾が、この非論理に気づかぬはずはない。
 税金問題に加えていくつもの連載が重なり、時間がなかったことは確かだ。だから文中で「しかしそこまでのコジツケはやめにして」と、何回も但し書きせざるをえなかった。
 この取材から「夜長姫と耳男」が生まれたことを思えば、ファンや研究者にとって必読の資料であるのは間違いないが、読んでいてこれほど空しくなる安吾の文章は他にない。
                      (七北数人)
掲載書誌名
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