作品名 | 雨宮紅庵 |
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発表年月日 | 1936/5/1 |
ジャンル | 純文学・文芸一般 |
内容・備考 | 奇妙な三角関係を描いた異常性愛小説。 伊東伴作がある日、怪しげな友人雨宮紅庵から、いかにもいわくありげな妖婦蕗子をゆずり受ける。簡単に身をまかせてくる蕗子は初め白痴っぽく見えるが、紅庵の感化を受けたためか、話が進むほどに妖婦性を増していく。 はたして紅庵のねらいは何か。蕗子にはどこまで裏があるのか。軽い遊びのはずが、伊東伴作は狂おしい妄執に憑かれ、どんどん暗い袋小路へと足を踏み入れていく。 「禅僧」「不可解な失恋に就て」に続く谷崎潤一郎的な世界。特に本作では「痴人の愛」に通じるモチーフが盛り込まれているが、やはり文学の方向性は谷崎とは違う。被虐に快楽を見いだすことはないし、「痴人の愛」は本質的にファルスだったが、本作では終始、不気味な気配がまとわりつき、ラストのサスペンスフルな断ち切り方には、少しホラー風味も感じられた。 文体も少し変わっていて、フルネームをしつこく書く。他の安吾作品にはあまりない書き方だが、伊東伴作1人の視点から書かれている(つまり伊東を「私」に変えても文章は成り立つ)ので、この不思議なフルネーム多用は、作者と主人公の間に心理的な距離を置くための手段だったのかもしれない。 なかでも変わった名前の雨宮紅庵、タイトルになっているだけあって、この男の行動や心理が謎に満ちている。伊達紳士ないでたちや多彩な趣味人ぶりは、青山二郎をほうふつとさせる。気に入った女を我が家に居つかせ、自分の愛人にはしないで、飼いならすように「庇護」するのが好きだった青山と、その風変わりな生き方まで似ている。 安吾は青山のことがあまり好きではなく、「悪いやつ」と思っていたフシがあるが、作品世界でうごく雨宮紅庵は、まるで恋愛遊戯の策士、他人の人生のシナリオライターのようだ。それはまるで、安吾が大好きだったラクロの「危険な関係」の世界でもある。そう思い至ると、もう青山二郎も「痴人の愛」も消えて、人間関係の罠が、ねっとりと読者の神経に絡みついてくる。 (七北数人) |
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