作品名 | 復員殺人事件 |
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発表年月日 | 1949/8/1~1950/3/1 |
ジャンル | 推理小説 |
内容・備考 | 「不連続殺人事件」に続き、再び名探偵巨勢博士が登場する本格推理長篇。残念ながら連載雑誌廃刊のため未完に終わったが、前作をしのぐ傑作になった可能性もある。 密貿易で巨財を得た倉田家に、二男の安彦が片手片足を失い目もみえず口もきけない姿で復員して来た時から、次々と起こる殺人事件。「人を見る、それは樹の如きものの歩くが見ゆ」という聖書の一句がダイイングメッセージのように残された謎。オウム真理教ばりの朝鮮の殺人宗教もからんで、道具立ては複雑怪奇、非常にミステリアスで面白い。 ヴァン・ダインの『甲虫殺人事件』をもじった殺人も起こる。元のトリックは、犯人が自分も被害者の一人を装って昏睡、その間に自分を犯人と臭わせる証拠が次々現れ、わざとらしすぎて逆に、別の真犯人がいるに違いないと捜査陣に思わせて、やっぱり自分が犯人、という二重にヒネった話。グーを出すぞと宣言してジャンケンするような、裏の裏を深読みするほど推理自体が無意味化する、メタミステリーにも似た趣向である。 安吾は本作でも犯人当て懸賞を付け、読者への挑戦を楽しみながら書いていた。初出誌では「不連続―」同様、各回の終わりに「附記」として作者からの挑戦状が付けられた(「附記」は新全集第8巻に初収録)。これがまたコミカルで憎たらしい。 懸賞付きだから当然、構想はラストまで綿密に組み立てられていただろう。小さな不審から大きな謎まで、すべての伏線は一つに結ばれて行ったハズだ。ならば、発表された部分にもラストにつながる道筋は必ずある。そう思うけれど、これが至難の業、何度挑戦してもパズルのピースはうまくはまらない。「附記」がますます憎たらしく見えてくる。 安吾没後の1957年から「樹のごときもの歩く」と改題の上、再び雑誌連載され、高木彬光が連載の後半を書き継いだ。しかし、安吾調をもじった文章はただ軽薄なだけで、変な所をカタカナにするから読みにくく、ストーリーも平板で退屈なものになった。 やはり懸賞金を付けたが、正解者はゼロ。それもそのはず、伏線の山は全く崩せていないホコロビだらけの解決篇で、聖書の句の謎解きもヒドかった。どうヒドいかはネタバレになるので言えないが、冒頭とラストが矛盾するとだけ言っておこう。高木彬光ほどの論理明晰な推理作家にしてこの始末だから、謎を解ける読者は一人もいないのかもしれない。 (七北数人) |
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