内容・備考 |
安吾が構成に巧みな作家だったことがよくわかる、心温まる一篇。
タイトルは「安吾」と「暗号」、さらに「暗合」のトリプル・ミーニングになっている。
暗合。偶然の一致。シンクロニシティ。因縁ばなし。奇遇。セレンディピティ。
さまざまな言葉で語られる不思議な暗合は、物語でヘタに使うと通俗的な予定調和に堕してしまうが、現実世界では逆に、どこにでも頻繁に起こっている。タイタニック号遭難事故の十何年も前にその細部まで精密に予言したような小説が出版されていた話や、リンカーンとケネディにまつわる様々な数字や関係者名の一致、事故のあった電車車両に乗っていた乗客数は必ずふだんの平均より少ないという統計結果、などなど、有名な実話は枚挙にいとまがない。小さな例なら誰しも、何度となく体験しているだろう。
これを謎解きとどんでん返しの手法で作品化すると、広い意味の推理小説になる(安吾自身はこれを推理小説とは呼ばないだろうが……)。特に乱歩の1925年の小品「算盤が恋を語る話」などは本作とも趣向が似ていて面白い。乱歩のは皮肉でちょっと苦い味わいだが、安吾のは切ないほどに爽やかだ。
暗号の紙きれが幾多の偶然を縫って主人公のもとに届いた暗合。その謎がどんな真実を呼び寄せるか。未読の方のためにストーリーを明かすわけにはいかないが、怨みと嫉妬の情炎で凝り固まった狭苦しい部屋の窓が、一気にあけ放たれる感じがある。芥川の「蜜柑」や太宰の「黄金風景」などと同様、ラストで清新の気がなだれこむ。
どんでん返しの短篇は、こうであってほしい。ハリウッド流と蔑まれようとも、世の中に、人間に、希望の灯を託そうと思う作家は、結末で心を和ませてくれるのだ。
(七北数人) |