作品

作品名 梟雄
発表年月日 1953/6/1
ジャンル 歴史
内容・備考  梟雄――残忍で荒々しい悪漢。本作の主人公斎藤道三は、松永弾正とともに戦国の二大梟雄といわれた。
 長篇「信長」の新聞連載予告の文章で、安吾はこの二人だけが信長の「親友的存在の全部」だったと紹介している。これにさかのぼること4年前の未完短篇「織田信長」でも、信長と道三・弾正との奇妙な友情が中心主題になっていた。この時は特に、壮年期の信長と弾正との関係に比重が置かれていた。
 満を持して書き出された長篇「信長」は、だから「美濃の古蝮」という小見出しで幕を開ける。道三のことだ。そして長篇のほぼ半分は、道三とのかかわりで展開するのである。
 しかし信長がメインだと、どうしても道三の悪逆ぶりにページを割くのが難しい。信長に対してだけ一匹狼同士、理屈ぬきの信頼をあらわす様子はたっぷり描かれているが、その道三がいかにして出来たかがわからない。「信長」連載終了から程なく「梟雄」が書かれたのは、そんな不満を解消するためでもあったろう。
 周囲すべてを敵とみなす孤絶の悪漢である点は長篇と変わりない。ただ、長篇では比較的饒舌で人間くさく味つけされていたのに比べて、本作での道三は非常にクールだ。短篇ならではでもあろうが無口で、ハードボイルドな渋みと怖さがある。
 謀反・裏切り・惨殺の限りを尽くしてのし上がっていく、まるで共感の余地もないような悪党が、どんどん魅力的に映ってくる。頭の冴え。機を見、人を見る目のカンのよさ。そして何より、信長と同じ悪魔の血が流れている。いつでも捨て身。いつ死んでもいい。安吾の愛するホンモノの悪党、悪魔とはそういう者だった。
 息子義龍に追いつめられて、笑って死んでいく道三の死にっぷりが見事だ。
「今日は戦争をしないのだから、オレは負けやしないぜ。ただ死ぬだけだ」
 長篇にはなかったこのセリフ一つで、「梟雄」は独立した輝きを放つ。
                      (七北数人)
掲載書誌名
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