作品

作品名 女剣士
発表年月日 1954/5/1
ジャンル 幻想・伝奇 ファルス
内容・備考  最晩年の1954年に初めて書かれた剣豪小説。半ばファルス、半ば伝奇ロマンで、実在した剣豪・楳本法神とその高弟・須田房吉から続く、法神流の末裔たちを描く。
 子供の頃には立川文庫に熱中し、宮本武蔵はじめ剣豪大好きだった安吾だが、剣士を主役に据えた伝奇や時代小説はそれまで書いていなかった。1950年の「落語・教祖列伝」シリーズにも、仙人みたいな剣の達人が登場するが、こちらは完全にファルス仕立てで、童話のようでもあった。いわば宿年の剣豪ロマンへの挑戦である。
 武者修行の物語は、大昔からスポ根もの・ヒーローものの原型のひとつ。戦争中、安吾が一番に褒めた中島敦の諸作の中にも、弓の名手が仙人のもとで修行し“不射の射”を体得する「名人伝」があった。中国由来なら芥川の「杜子春」もそうだし、太宰の「ロマネスク」も案外ベタなヒーロー修行譚だった。1952年に安吾が強く芥川賞に推した五味康祐の「喪神」も同様の趣向をとりいれている。
 しかし本作はなんとも斬新で、あまたある武者修行小説のどれにも似ていない。何よりまず、作中、敗戦を経ていることが語られるので、意外にも現代小説なのだ。法神流の第六代ともなれば登場人物はみな架空、誰にも怒られる心配はないだろうということで、ホラ話は野放図に発展していく。
 予定調和は一切なし。読者の予想や物語の定石を裏切りまくり、主要人物であろうとストーリーから置き去りにされる。ちょっとでも気を抜けば殺されかねない激しい修行の毎日。そこに、各人の愛欲やプライドや求道精神が複雑にからまりあって、彼らの死にもの狂いのあがきが生々しく鮮烈に浮かび上がる。
 歌子と父が二人きりで山中にこもり修行する場面が圧巻だ。もう一歩で仙人という境地だった父が、娘への愛欲から久米の仙人よろしく真っ逆様に墜落する。無垢すぎる歌子のなんの邪心もない殺意も強烈だが、自然のままの素直な近親姦がやけに悩ましい。やせ細るほどのオスの欲情が、無垢な歌子のエロスを引き立てている。
 本作の3カ月後には、法神流第二代の須田房吉が江戸で暗殺されるまでを描いた短篇「花咲ける石」も発表しているが、こちらは史実に沿った歴史小説である。
                      (七北数人)
掲載書誌名
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