| 作品名 | 山の神殺人 |
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| 発表年月日 | 1953/8/1 |
| ジャンル | 推理小説 |
| 内容・備考 | 一風変わったスタイルの犯罪小説。 「明治開化 安吾捕物」連載終了後の1953年、安吾は推理短篇を量産したが、そのいくつかは厳密には推理小説と呼べないものだった。本作なども殺人事件は起こるが、ほとんど推理する必要がなく、探偵も登場しない。 犯罪を企む側から描いていくので、見かけは倒叙推理型だが、偽装工作が稚拙すぎて、警察は駅に出入りした人間をかるく調べただけで事件が解決してしまう。 つまり本作を推理短篇に分類した場合、大変な凡作という評価を受けかねないワケだが、当然のことながら本作の魅力は別のところにある。 冒頭に朝日新聞記事のリードが置かれ、宗教の教師と信者らが金目当てに実の息子を殺した事件が引用されている。物語はこの事件とはまったく関係ないが、安吾は記事に触発されてストーリーを組み立てたようだ。わざわざ記事を置いたのは、こんなことが日常茶飯、どこでも起こっているのだよ、と伝えたかったのだろう。 作中でも事件とは別の話として、邪教の行者が狐落としと称して、ある家の余計者扱いの娘を監禁、絶食、折檻の末に殺した話が出てくる。現代でもよく耳にする残酷事件だ。これに比べれば「金目当て」のほうがまだしも人間らしく思えてしまう。 性根の腐ったドラ息子の不二男を消してしまいたい。父親の平作は、偶然のキッカケを利用して悪だくみする。山の神の行者お加久とその信者に、平作は一度はだまされかけるが、これを逆手にとって「神様をだます」ことに成功する。 人を暗示にかける宗教の教祖も信者も、実は自分たちもまた弱さをかかえ、暗示にかかりやすい人間である場合が多いということか。 平作は相手の心の弱さを巧みに突き、逃れられぬ殺しの一本道へと誘導していく。このあたりの心理的な怖さが本作の真骨頂。 自分が世界の王であると幻想する者は、たやすく人を殺すことができる。翌年の「餅のタタリ」や「保久呂天皇」へ通じるテーマがここに潜んでいる。 (七北数人) |
| 掲載書誌名 |