作品

作品名 正午の殺人
発表年月日 1953/8/1
ジャンル 推理小説
内容・備考  軽妙でカラッと明るい推理短篇。
「選挙殺人事件」で3年ぶりに復活した名探偵巨勢博士が、ここでも続けて登場する。推理長篇2作にはホームズに対するワトソン的存在として作家の矢代寸平がいたが、本作では被害者が作家なので、新聞記者の矢部文作というのが事件を伝える役目で登場する。矢代と矢部と名前も似ているし、けっこう間の抜けた代役として活躍する。
 これが巨勢博士最後の事件となるが、完全にアームチェア・ディテクティブで、補完捜査すら必要なく犯人はわかってしまう。見事ともいえるが、容疑者は3人しかいないので、最後にしては簡単すぎたかもしれない。
 面白いのは各種シチュエーションのほうだろう。殺される流行作家の神田は、「バカバカしいほど凝った大広間」のある洋館に住む。新聞連載原稿を書き終えると、毎日カラテの稽古をして、シャワーを浴びる。「真冬でも」冷水浴とは、まるで安吾だ。
 不能者だの男色だのの噂もあり、学徒兵だった美青年を書生に雇っているが、元ストリッパーのアケミを愛人として住まわせているし、訪れる美人記者にはぞっこんのようだ。
 また、この事件はすべて「音」だけで組み立てられていて、そこが謎解きの鍵にもなっている。ピストルの音(これは誰も聞いた者がない)、ラジオの音、シャワーの音、玄関の呼び鈴、正午のサイレン、マキ割りの音、電話のベル、ドアの閉まる音、そして、神田が風呂場からアケミを呼ぶ声(神田本人は姿を見せない)。
 事件は簡単に解決しても、問題はいろいろ残る。誰もピストルの入手先を知らない。「渡すものがある」と言い残したその品物は何だったのか。謎解きに関わりがないとしても、不明のままなのは気にかかる。
 さらにいえば、読者との謎解き勝負を完全にフェアにするためには、時代の壁を取りはらう必要がある。当時の鑑識が死亡時刻をどの程度まで推定できたのかとか、文明の利器はどこまで開発されていたかとか、発表当時の人々にはわかりきったことでも、現代の読者には残念ながら見当をつける手段がない。
 なお、本作は1954年8月8日、NHK東京にてラジオドラマ化された。安吾生前のラジオ放送作品で現在わかっているのは「天明太郎」「盗まれた手紙の話」と本作だけである。
                      (七北数人)
掲載書誌名
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