作品名 | 選挙殺人事件 |
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発表年月日 | 1953/6/1 |
ジャンル | 推理小説 |
内容・備考 | お馴染みの名探偵巨勢博士が登場する推理短篇。 巨勢博士モノとしては、大仕掛けな長篇2本(1本は未完)に続く第3作であり、3年ぶりの登場となった。前2作と比べるまでもなく、本作はあまりに短く、そして軽い。こんなに軽くて、しかも同じ探偵でいいのか、と叫びたくなるほど、軽い。 もっともその3年の間に、「安吾捕物」全20篇を書き、巨勢博士の登場しない軽いタッチの推理中篇や短篇はいくつか書いていた。「犯人」や「都会の中の孤島」も含めて、どれも推理小説でありつつ、どちらかといえば心理の流れ、心理の隙間を読むべき作品群が多かった。 そして本作。これも普通の推理小説のようには進まない。 新聞記者の寒吉は、まだ何も事件が起こらない前から、選挙活動中の三高吉太郎が何やら怪しいと感じて追いかけまわす。政治とは無縁であった三高がなぜ立候補したのか。なぜまったく効果的でない場所でヘタな演説をやりたがるのか。 すべては寒吉の邪推で、事件など起こらないかもしれない。読者にはそうも見える。登場人物たちも、その人間関係も、演説と同じように軽くて中身がないからだ。否、ないように見えるからだ。 そのまま終わるかと思われたところで、殺人事件が起こる。 ユゴーの『レ・ミゼラブル』から、芥川、太宰、北村透谷の本まで登場するので、ブッキッシュで知的な謎解きが始まるかと思いきや、結末はけっこう単純で、いささか拍子抜けの感もある。この単純さも実は人間心理のカラクリで、裏の裏がオモテになったような現実的な結果といえるかもしれない。 巨勢博士の登場によって全部の謎が一瞬で解けるのだが、心理の流れを辿ることで犯人と犠牲者の行動から出自まで読み解く、名探偵の手並みは相変わらず鮮やかだ。 人間のやることは、やっぱり奇妙で、得体が知れないと思わせられる。 (七北数人) |
掲載書誌名 |
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