作品名 | 砂丘の幻 |
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発表年月日 | 1953/11/1 |
ジャンル | 純文学・文芸一般 自伝・回想 |
内容・備考 | 晩年の1953年、少年時代の思い出をよびおこすようにして書かれた短篇。この時期にしては珍しい題材だが、『小説新潮』の「故郷小説」特集の依頼に応じたもの。 この年8月、安吾は長男誕生のしらせにとまどい、ちょいと暴れたりして、ようやく一息つけるようになった9月頃これを書いた。初めてのわが子に、少年の日の自分が二重写しになって見えたかもしれない。 でも、内容はというと、代数の先生の授業をサボりまくって落第した話、初めて吸ったタバコの話、カルタ仲間の6人で英語の試験をカンニングした話、女郎になるしか道がない可愛い女の子たちへの性的な憧れなどなど、どれも普通の親なら自分の子には聞かせたくない、真似されたら困るような、そんなエピソードばかりだ。 主人公は本名の炳五をもじって五平であり、登場する友人たちもみな架空なので「自伝小説」とは呼べないが、あんがい実体験を多く織り交ぜてあるように思われる。 授業をサボってパン屋の2階でカルタをする遊び仲間「六花会」の話は、ほかの自伝小説やエッセイでも書いているとおり、名前以外はそのまま事実の部分が多い。 先生をたらしこんで及第点をもらおうとする熊本甚作と、5、6歳上で満洲帰りの侠客深谷長十郎の人物像が非常に印象的だが、この2人については、安吾は他では全く書いていないので、大部分、架空のキャラクターなのかもしれない。 現実で4歳上だった友人としては、新潟中学の三堀謙二がいるし、5、6歳上では東京商船学校へ進学した岡田雄司が思い浮かぶ。けれども経歴はまるで違うし、三堀は相当な読書家だったらしいが、この小説では読書に関する話題は出てこない。 仲間たちの無頼ぶりが誇張されているので、読書の話はジャマなのだ。 笑えるエピソードが多いけれど、主人公の五平だけは、同じように悪いことをしていても、ナイーブで純朴な感じにみえる。 まだ見ぬ女郎屋のことを別天地や夢の国だと憧れたり、健康な肢体の娘たちといつか惹かれ合う運命なのではないかと夢想しながら、現実には女郎屋に足を踏み入れることもできなかったり、とかく周りの友人たちよりウブにできている。 こういう安吾(五平)もなんだか本当っぽくて、素直に心に入ってくる。無頼な行状ばかり書かれている割に、上品で甘酸っぱい香りのする青春小説である。 (七北数人) |
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