作品

作品名 特攻隊に捧ぐ
発表年月日 1947/2/1
ジャンル 社会批評
内容・備考  1947年2月発行の『ホープ』に発表予定でゲラ刷りまで進んだが、GHQの検閲に遭って全文削除となり、生前未発表に終わったエッセイ。『坂口安吾全集』第16巻(筑摩書房 2000年)に補遺として初めて収録された。
 日記体エッセイ「戯作者文学論」の7月10日の項に「ホープから随想十枚。すでに書いたのがあるから承諾」と記されているのが本作のことと推測できる。本文中に、浮浪者の救護に一身を捧げた医大生が自らも発疹チフスにかかって死んだ話があり、これは4月8日の新聞記事なので、これ以降7月9日までの間に執筆されたとわかる。同じ話が出てくるエッセイ「青年に愬ふ」と同時期の4月頃に書かれたものかと思われる。
 医大生の話から特攻隊員のことを連想したのだろう。特攻隊員たちはどんな思いで死地へ向かったか。彼ら一人一人はこの医大生と同じように、ただ愛する者たちのためにと、それだけを思い、命を捨てに旅立ったのではないか。それ以外を思う道が、彼らにあっただろうか。
 本作が全集に収録されたとき、言葉尻だけをとらえて、安吾が実は「戦中の価値観を肯定」していたとする新聞記事が出た。誤解されそうな内容ではあり、事実GHQにも「Militaristic(軍国主義的)」とされ、全文削除の憂き目をみた。
 しかし本作の要旨はまるで違う。発想の大もとは、志賀直哉が1945年末、生き残った特攻隊員たちが復員して野放図に暴れては困るから、彼らを集めて再教育せよ、と投稿した新聞記事にある。安吾は「咢堂小論」でも、志賀のこの一文に激しい怒りを述べていた。
 特攻隊の制度が悪魔的なのは百も承知だ。ただ、人のために自分を犠牲にする、その優しい心そのものを絶対悪として否定していいはずがない。彼らの人間性を否定し、泥で踏みにじるのは、違うのではないか。
 戦後の「正義」という名の絶対権力に対する怒りと、人のために生きる弱い者たちを守りたい思い、その二つを胸にいだいて、一気に書き上げたものだった。
                      (七北数人)
掲載書誌名
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