| 作品名 | 死と影 |
|---|---|
| 発表年月日 | 1948/9/1 |
| ジャンル | 自伝・回想 |
| 内容・備考 | 「二十七歳」「いづこへ」「三十歳」の続篇となる自伝的小説。 矢田津世子と別れたあと、京都で「吹雪物語」を執筆、帰京後は菊富士ホテルに住んで無為の時期を過ごした。この頃の人間模様については、戦前「市井閑談」でサラリと淡彩で描いたが、まるで別の人生を歩んでいたかのように、本作は印象が違う。 友人たちと飲みあるき、時に羽目をハズして遊んでいたのは、それはそれで間違いないことでもあろう。しかしその実、安吾の心はこんなにもボロボロにすさんでいたのかと思うと、読んでいるほうもシンと沈んだ気持ちになる。 「自分で意志したわけではなく、いつとはなしに、死の翳が身にしみついていることを見出すようになっていた。今日、死んでもよい。明日、死んでもよい」 「なんのことだ、オレはこれだけの人間なんだ、という絶望があるだけであった」 これほどに暗い心境を吐露した安吾の言葉はほかにない。 「市井閑談」にも出てきた女形のヤマサンや似顔絵かきの三平がここにも登場する。特に三平の生活ぶりや生きる哲学のようなものは、本作にだけ詳細に描かれている。衣服さえ持たない無一物で、高級ぎらい、酒癖のわるい乱暴者だが、魂はこの上なく高く、わずかな稼ぎを手にすると安吾の下宿までやって来て、酒を奢ろうと言う。いっしょに旅をしようと言う。木賃宿へ泊まり、酒をのんで歩きまわろう、と。安吾が三平やヤマサンをいとおしむ目で見ているから、彼らは傷心の安吾へ無償の奉仕をしてくれる。 放浪、落魄、淪落への浸染。そうした世界への憧れは根っからの性分として安吾にあるが、気やすい世界なだけに簡単に落ちていける。安吾はそれを「逃げ」だと思う。 「そんな逃げ方をするぐらいなら、死ね、死んでしまえ」と自らを罵倒する。 三平の乞食同然の理想生活も、ヤマサンの報われない求道も、彼らが一生をかけて手にした彼らだけのまっすぐな道であって、それは安吾のものじゃない。彼らの道へ安易に「逃げ」てはいけない。安吾はおそらくそんなふうに感じていた。 心境は暗いが、だからこそ人のやさしさと一途さが胸にしみる、安吾ならではの佳品。 (七北数人) |
| 掲載書誌名 |
|