作品

作品名 探偵小説を截る
発表年月日 1948/7/1
ジャンル 推理小説
内容・備考 「不連続殺人事件」連載開始前に「私の探偵小説〔1947.6.25〕」でその抱負を書いてから、連載終了までのおよそ1年間に、安吾はミステリーについてのエッセイを計5本発表した。おおむね内容は似かよっていて、ラストから組み立てる推理小説は、頭から書く文学作品と違って基本がパズルやゲームであること、フェアでなければならぬこと、クリスティ、クイーン、横溝正史が最も優れていることなどを説いている。
 最後の「探偵小説を截る」(1948.7)だけ、少し趣が違う。「不連続―」の批評が出はじめ、文壇の内外でマトはずれな批判を多数耳にしたのかもしれない。「探偵作家の人間に対する無智モーマイ」や「形式のマンネリズム」を告発・攻撃する、その口調には少なからぬ“怒り”がにじんでいる。
 ただし、安吾の告発は常に、感情よりも理論が優先される。本作では、マンネリズムを生むことになった、世界ミステリーの定型の分析が面白い。超人的頭脳の名探偵と、商売がたきのボンクラ探偵の推理対決という定型。これを模倣した世界的な大作家たちの凡庸な「名作」群。「お手本のクダラナサを疑ることなど毛筋ほどもないので」ますます後発作品はひどくなったのだと安吾は罵倒する。
 安吾自身、翌々年から「明治開化 安吾捕物」において同種の定型を利用するが、ボンクラ探偵にあたる勝海舟が決してボンクラではない、独自の輝きを放つように力をこめて書いた。新たな定型を自分が作ってみせる、そんな気概もあっただろう。
「いやしくも犯罪を扱う以上、何をおいても、第一に人間性についてその秘奥を見つめ、特に人間の個性について、たゞ一つしかなく、然し合理的でなければならぬ個性について、作家的、文学的、洞察と造型力がなければならぬものである」
 推理小説にパズルやゲームを強調してきた安吾だが、個性の重要性を力説する中で、漠然とながら、推理小説と文学の融合を模索しはじめたのかもしれない。横溝正史の、怪奇な人間性と推理を融合してみせた傑作群。これらを高く評価した安吾は、自分もそこに挑戦してみたいと強く思ったのではないだろうか。
「安吾捕物」では、ドイルや横溝へのオマージュを盛り込みながら、人間の新しい個性を発見しようとしている。推理の楽しみと文学の楽しみが混然となった新しい作品。安吾は捕物帖で一つの定型を見いだし、その後の、犯罪を扱った短篇へと引き継がれていく。
                      (七北数人)
掲載書誌名
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