内容・備考 |
安吾文学の原風景を探る旅の里程標。
一読すとんと胸に落ちる。文学の秘密がわかった気になる。なのに、読めば読むほどわからなくなる。深い森のようなエッセイ。
狼に食われたところでプツンと終わるペロー版「赤ずきん」。駆け落ちして一夜を明かした廃屋で女が鬼に食われてしまう「伊勢物語」のエピソード。子殺しが日常となった農家の話に突き放された思いをする芥川。こういった話が「文学のふるさと」の例に挙がる。
「桜の森の満開の下」や「夜長姫と耳男」などの伝奇的作品がすぐに思い浮かぶけれども、安吾はもっと広く、世界のあらゆる文学の原型、という意味合いで書いている。
人間世界の約束事の未だ存在しないような場所で起こる、不条理で残酷な光景。そこに「氷を抱きしめたやうな、切ない悲しさ、美しさ」が感じられるという。理屈はない。モラルもない。あるのはただ、ぽっかりと空いた闇。絶対の孤独。
「堕落論」の中で最も刺激的な、死屍累々の風景を重ねてみるといいかもしれない。堕落する自然な人間の姿と相いれない、対立項として描かれたシーン。罹災した娘たちは無心な笑顔で死体の横を歩く。残酷さも悲哀もなく、不思議な美しさが充満している。そこにはまだ「人間」がいないからだ。美しいだけの、虚しい幻影。ゼロ地点。
そのゼロ地点から「たゞ一人曠野を歩いて行く」(「続堕落論」)とき、何ものにも染まらない本当の人間が生きて動きはじめる。底の知れない悲しみを胸にかかえもち、堕落に身を切りながら――。
安吾の考える文学は、常にここから出発する。
(七北数人) |