作品名 | 太宰治情死考 |
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発表年月日 | 1948/8/1 |
ジャンル | 純文学・文芸一般 |
内容・備考 | 1948年6月19日に太宰の遺体が見つかってから、およそ10日間で、安吾は三つの追悼エッセイを書いた。 「ヤミ論語」の一篇「太宰の死」は、訃報の当日か翌日に書かれた短文で、6月21日に新聞発表された。雑誌の場合はこうは行かない。通常の〆切日を考えれば8月号が最短のハズだが、「不良少年とキリスト」は『新潮』7月号に掲載された。印刷所へ綱渡りで入稿したとしても執筆期間は3日もなかっただろう。最後が本作「太宰治情死考」で、『オール読物』8月号に掲載された。これは普通に6月末までに書かれたと推定できる。 「不良少年とキリスト」は3日足らずのスピード執筆でありながら、38枚の長文である。しかも「太宰の本をあらかた読みかえした」と始まるので、どう時間をひねり出したのかもわからない。最も波乱に満ちた文章なのはそのせいで、文体にも太宰のクセがうつったような箇所が散見された。太宰の死を悼むというよりは、怒る気持ちが溢れていた。 訃報直後の「太宰の死」と、落ち着いた気分になって書いたと思われる本作とは、内容はほぼ同じで、マスコミ批判が前面に出ている。本作のほうが長文で(それでも16枚しかないが)そのぶんだけ構成に工夫があって面白い。 安吾は太宰文学を世界に伍するものと高く評価していた。 そして、作家は作品がすべてだと説く。情死に至った経緯だの、相手の人となりだの、余計な穿鑿だ。報道はウソだらけだし、真実など誰にもわからない。知る必要もない。 安吾はそう主張するために、からめ手から迫っていく。友人の力士たちのハチャメチャな日常を語り、各界を代表する双葉山と呉清源が新興宗教に入れあげる滑稽さを語る。 「すぐれた魂ほど、大きく悩む。大きく、もだえる」 文士もそうだ。すぐれた作家ほど、私生活のごときは支離滅裂なものであり、そこには語るべき何ものもない。ただ、悩み悶える魂があると知れるだけなのだと。 太宰と心中した愛人のことは意地悪くケナされているが、彼女こそは太宰を生かしておけた唯一の女性であったがゆえに、怒りのホコ先が向けられてしまったようだ。 (七北数人) |
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