作品

作品名 “能筆ジム”
発表年月日 1951/3/1
ジャンル 推理小説 社会批評
内容・備考 「“能筆ジム”」は「安吾捕物」第6話と同月に発表された、偽作らしき作品。
 東京国税局と争っていた最中に、大蔵財務協会発行の『財政』という雑誌に発表したのもおかしな話だが、内容はアメリカのニセ札づくりが尻尾を出すまでを追ったドキュメントで、翻訳を主体にした文章である。にもかかわらず翻訳と銘打っておらず、出典も書かれていない。あらゆる点でニセモノくさい。
 文章も安吾とは思えない拙さで、日本語になっていない箇所もある。「どの位」とか「逮捕されるなんてトンデモ・ハップン」とか、安吾が他で書いたことのない用字や表現も多く、自ら「安吾先生」と名のったりして、読んでいるほうが恥ずかしくなる。
 冒頭からイヤミな文で、「探偵小説の鬼江戸川乱歩先生から過分なる賞讃をいたゞいて以来、僕は文壇随一の探偵小説通と自他ともに許す存在にまつりあげられてしまった」とある。「自他ともに許す」なら「過分」ではないし「まつりあげられ」はオカシイ。
 さらに「僕はおかげで「小説新潮」に「安吾捕物」まで書かされ」と続く。まるでイヤイヤ捕物帖を書いているみたいだ。安吾は全く新しいジャンルを切り開く意気込みで捕物帖に取り組んでいた。自らそう宣言しているのに「書かされ」は、ない。
 本作発表の3カ月後には、『小説朝日』というアヤシイ雑誌の創刊号に、今度は翻訳と銘打って「組立殺人事件」が発表された。これもヘタな文章で、内容も全く面白くない。
 この翻訳については、早くから偽作ではないかと疑われていた。渡辺彰が安吾宛書簡の中で、この疑わしい原稿を編集部へ持ち込んだのは西田義郎だと書いている(新全集第16巻)。本作を初収録した冬樹社版安吾全集(1971)でも、解題で「坂口安吾の翻訳とは思われないといわれるが(坂口三千代談)、参考のために掲げた」とあったが、筑摩の新全集(1999)の解題ではこの但し書きをハズしてしまった。罪なことだ。共に関井光男による解題だが、編集の段階でこれに気づけなかった私のミスである。
 決定版全集別巻に参考作品として初収録された「五つの映像―テレビ殺人事件」も、西田義郎による偽作であった。やはり渡辺彰が発見して西田を追及、白状させた顛末が安吾宛書簡に記されている。西田はかつての『青い馬』同人であり、戦後は『改造』編集長として無頼派鼎談を企画したりしたが、その後失職したという。安吾は旧友を憐れんだか訴訟を起こすこともなく、自作でないと明かすこともしなかった。
 以上の経緯から、おそらくは「“能筆ジム”」も西田による偽作かと思われる。
 読者としては、安吾作品とされたこれら諸作がヘタであることが無念でならない。
                      (七北数人)
掲載書誌名
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