内容・備考 |
日本幻想文学史上屈指の傑作。何カ国語にも翻訳され、演劇、映画、朗読などさまざまな形で演じられてきた。
山賊がさらった高貴な美女の残忍さが狂おしい。ライバルとなる女たちを皆殺しにし、人の首を次々刈って来させて首遊びに興じる。
残酷でありながら、いや、残酷であるがゆえに、あまりにも気高い女のイメージは、満開の桜の森の妖しさと重なり、絢爛たる死の色に染まる。匂い立つ魔性に人は、なすすべもなく、絡めとられていく。
恐ろしさがそのまま美しさであるような物語の魔境へ、見る者、聴く者をひきずりこみたい――。この女になりきって演じることができれば、それができる。劇化が絶えない理由はこれだろう。
今なら確実にR指定の残酷劇だが、この救いのない恐ろしさは同時に、大昔から語り継がれる童話や民話の根っこでもある。
そういう魔境を「文学のふるさと」と安吾は呼んだ。
なお、エッセイ集「明日は天気になれ」の一篇「桜の花ざかり」に、物語の原風景が記されている。大空襲の死者を上野の山に集めて焼いた時のこと。折しも桜が満開で、人けのない森を風だけが吹き抜けていき、「逃げだしたくなるような静寂がはりつめて」いたという。
(七北数人) |