作品

作品名 欲望について
発表年月日 1946/9/1
ジャンル 純文学・文芸一般 社会批評
内容・備考 「堕落論」に続き、人間の欲望に焦点を当てた代表的エッセイのひとつ。
「堕落論」では、戦禍を生きる人間の無心の状態と、天皇制や各種道徳の欺瞞とを前面に押し出したので、主要テーマである「欲するところを素直に欲し、厭な物を厭だと言ふ」欲望の解放を謳う部分が目立たなかった。そこで本作では、人間の本性である欲望の「まっとうな」姿に追求の手をのばしている。
 副題に「プレヴォとラクロ」とあるとおり、プレヴォ『マノン・レスコー』の娼婦マノンと、ラクロ『危険な関係』のメルトゥイユ侯爵夫人、安吾が昔から大好きなヒロインたちに焦点を当てているので、論旨が伝わりやすい。一切の道徳的しがらみを離れ、恋愛遊戯にのめりこむ女性たちの真なる熱情を安吾は礼讃する。
 主旨は「堕落論」と変わりない。自らの欲望にエゴイスティックに従え、ということで、その中からしか社会の進歩も生まれないと説く。
 ただし、本作執筆直後から安吾は少し、この論理展開に違和感をもっていたフシがある。欲望のまま闇屋になったり色事にふけったりする、ただそれだけの自然な男女と、マノンや侯爵夫人の、むしろ苦しみを求めるかのような真正の恋愛と、峻別すべき何かがある。
 安吾は本作発表後も考えを深め、翌月の「いづこへ」や「風俗時評」、その二カ月後の「エゴイズム小論」において、「天性の娼婦」の本当の姿を見つけ出した。
「天性の娼婦は、美のため男を惑はすためにあらゆる技術を用ひ、男に与へる陶酔の代償として当然の報酬をもとめてゐるだけの天性の技術者であり、そのため己れを犠牲にし、絶食はおろか、己れの肉慾の快楽すらも犠牲にしてゐるものなのである。かゝる肉慾の場に於ても、娼婦型の偉大なる者はエゴイストではないのである。エゴイストは必ず負ける」(「エゴイズム小論」)
「欲望について」は、安吾の欲望論としてはいわば過渡期に当たるものだが、最初の試みとしての価値は大きく、『堕落論』に続く戦後2冊めのエッセイ集の表題に選ばれた。
                      (七北数人)
掲載書誌名
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